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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9280号 判決 1995年11月27日

甲事件原告・乙事件原告(以下「原告」という。)

小泉邦夫

右訴訟代理人弁護士

須崎市郎

甲事件被告

セコム株式会社

右代表者代表取締役

飯田亮

右訴訟代理人弁護士

角田愛次郎

内藤潤

中川秀宣

乙事件被告

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右代理人支配人

朝原雅邦

右訴訟代理人弁護士

佐藤安男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金七五七万五八三一円及びこれに対する平成二年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都八王子市八幡町一四番一四号所在の小泉産婦人科医院(以下「本件医院」という。)を開設する医師である。

2  警備保障契約の締結

(一) 原告は、昭和五六年一二月一六日、取下前共同被告セコムトウェンティフォー株式会社(以下「セコムトウェンティフォー」という。)との間で、甲事件被告(旧商号・日本警備保障株式会社、以下「被告セコム」という。)を履行補助者として、以下の約定により、防犯・防火・非常通報の役務の提供及び警報機器の貸与を目的とする「マイアラームシステム」と称する警備保障契約(以下「本件警備保障契約」という。)を締結した。

(1) 対象物件 本件医院の三階

(2) 契約の始期 昭和五六年一二月二九日

(3) 保証金 五万円

(4) 基本料金 一か月一万一〇二〇円(ただし、契約直後に一万〇七二〇円に変更)

(5) 特別料金 契約書添付料金体系表に従う。

(6) 契約区分 個人・通常

(7) 物件種別 集合住宅

(8) 接続電話 原告と日本電信電話公社との間の契約に基づく八王子電話局○○―○○○○

(二) セコムトウェンティフォー及び被告セコムは、昭和五六年一二月二六日までに警報機器(以下「本件警報機器」という。)を設置し、同月二八日、開通検査を行い、同月二九日から原告のため供用を開始した。

3  被告セコムによる吸収合併

被告セコムは、昭和六一年一月二三日、セコムトウェンティフォーとの間で同社を吸収合併する旨の合併契約を締結し、同年六月一日、同社の権利義務を包括承継した。

4  電話工事

原告は、昭和六三年一二月二五日ころ、先に日本電信電話公社の権利義務を承継した乙事件被告(以下「被告NTT」という。)との間で電話取替え工事(以下「本件電話工事」という。)契約を締結し、被告NTTは、これに基づいて右工事を行った。

5  盗難事故の発生

平成二年一二月一六日午後二時から午後五時までの間に、甲野太郎が本件医院に侵入し、原告が三階居室の金庫内に保管中の七五七万五八三一円(本件医院分五九七万〇八三一円、原告分一二〇万円、有限会社ちば医療商事の寄託分一〇万円、浦野久子及び小林郁子の寄託分各七万七五〇〇円、中山順子、桐山養子及び榎本弘美の寄託分各五万円の合計)を窃取した(以下「本件盗難」という。)。

6  被告セコムの責任

(一)(1) 本件盗難当時、本件警報機器が正常に作動せず、本件警報機器に接続する電話回線も切断されていたために、本件医院内で警報音が発せず、被告セコムへの異常情報も送信されない状態にあった。ところが、被告セコムは、本件警備保障契約上、本件警報機器が正常に機能するよう維持管理すべき義務を負うのに、本件警報機器の点検補修をしていなかったため、右異常を発見することができなかった。なお、本件警備保障契約上、警報機器の正常作動及び異常情報の送信は原告の責任において行う旨の定めがあるが、警報機器の専門的知識に乏しい利用者が警報機器の正常作動の確認をすることが困難であることからすれば、右規定は機械設備等としての機能の維持管理まで原告の責任において行うとする趣旨ではない。

(2) さらに、本件盗難当時、本件警報機器は、選択可能とされる四種類のモード(在宅モード、外出モード、夜間モード、外泊モード)の設定ができない状態にあった。ところが、被告セコムは、本件警備保障契約上、原告の点検要請があった場合には、速やかに点検補修すべき義務を負うのに、原告から度々点検補修の依頼を受けたにもかかわらず、十分な点検補修を行わなかった。そして、本件盗難の直前にも、原告が外出モードに設定しようとしてもこれができず、その結果として、本件医院内で警報音が発せず、被告セコムへの異常情報も送信されなかった。

(二) 本件医院内で警報音が発せられ、かつ、被告セコムへ異常情報が送信されていれば、原告は本件盗難を回避し得たはずであるから、被告セコムは、本件警備保障契約上の義務不履行に基づき、原告が被った損害の賠償責任を負う。

7  被告NTTの責任

(一) 被告NTTは、被告セコムに対し、被告セコムが顧客と締結する警備保障契約において被告NTTの電話回線を使用することを認めているのであるから、電話回線の維持管理に当たり、被告セコムと顧客との契約に基づいて設置される警報機器と電話回線との接続に注意を払い、警報機器の正常な運用に協力すべき義務を負っていた。ところが、被告NTTは、本件電話工事に際し、右注意義務に違反して、本件警報機器と電話回線との接続を切断し、原告と被告セコムとの本件警備保障契約に基づく本件医院から被告セコムへの異常情報の送信を不能にした。

(二) 原告は、被告NTTの右注意義務違反により、本件盗難を回避できなかったのであるから、被告NTTは、不法行為に基づき、原告が被った損害の賠償責任を免れない。

8  よって、原告は、被告らに対し、本件盗難による損害賠償として、各自七五七万五八三一円及びこれに対する本件盗難の日の翌日である平成二年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(被告セコム)

1 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2 同4の事実は知らない。

3 同5の事実のうち、原告主張の日時ころに盗難事件があったことは認めるが、被害の詳細は知らない。

4(一) 同6(一)(二)の事実のうち、原告が本件警報機器の各種モードの設定ができず、度々、被告セコムに点検補修の依頼をしたとの点は否認する。その余の主張は争う。

(二) 本件警備保障契約上、本件警報機器の設置、正常作動の維持管理及び本件警報機器から被告セコムへの送信については、原告が責任を負担している。

(三) 本件警報機器には、在宅、外出、夜間、外泊の四種のモードがあり、在宅モードでは設置場所において警報音が発せず、被告セコムへの侵入異常信号も送信されず、外出モードでは警報音は発するが侵入異常信号は送信されず、夜間モードでは警報音が発して三〇秒経過してから被告セコムに侵入異常信号が送信され、外泊モードでは直ちに侵入異常信号が送信される仕組みになっている。本件盗難当時、本件医院内で警報音が発しなかったのは、原告が在宅モードに設定していたことによるのであり、被告セコムが責任を負うものではない。

(四) 本件盗難の当時、被告セコムへ侵入異常信号が送信されなかったのは以下の原因によるものであり、いずれも被告セコムが責任を負うものではない。

(1) 本件盗難当時、原告は在宅モードに設定していた。仮に原告の主張を前提として、外出モードを設定しようとしたものであったとしても、前記のとおり外出モードでは被告セコムに侵入異常信号は送信されない。

(2) 原告が被告セコムに連絡しないまま被告NTTに依頼して実施した本件電話工事その他被告セコムが関知し得ない何らかの原因により、本件警報機器と電話回線との接続が切断されていたため、サービスが提供できなくなった。

(被告NTT)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は知らない。なお、昭和五六年一二月二八日、被告NTTに対し、非常通報装置を接続する旨の届出があった。

3 同3の事実は知らない。

4 同4の事実は認める。

5 同5の事実は知らない。

6 同7(一)の事実のうち、被告NTTが本件電話工事に当たり、本件警報機器と電話回線との接続を切断し、原告と被告セコムとの本件警備保障契約に基づく本件医院から被告セコムへの異常情報の送信を不能にしたことは否認し、その余は争う。同(二)の事実は争う。

本件盗難の直前の平成二年一一月一四日及び同月二二日、本件医院から被告セコムのコントロールセンターへ電話回線がつながっていたことが確認されており、その後、本件盗難までの間に被告NTTは何らの工事も行っていない。したがって、本件警報機器と電話回線との接続が切断されていたとしても、被告NTTには責任がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  前提事実

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2の事実は、原告と被告セコムとの間では争いがなく、原告と被告NTTとの間では証拠(甲一の1ないし12、九、乙一、原告本人)により認められる。

3  同3の事実は、原告と被告セコムとの間では争いがなく、原告と被告NTTとの間では証拠(乙四ないし六)により認められる。

4  同4の事実は、原告と被告NTTとの間では争いがなく、原告と被告セコムとの間では証拠(甲八の1、2、九、原告本人)により認められる。

5  同5の事実のうち、原告主張の日時ころに本件医院において盗難事件があったことは、原告と被告セコムとの間において争いがなく、原告と被告NTTとの間では証拠(甲五、九、原告本人)により認められる。

二  本件警報機器の構造と機能

証拠(乙一、三、七の1、2)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件警報機器は、モード設定の切替えを行ったり、異常箇所を表示するホームコントローラー、異常情報を被告セコムのコントロールセンターへ電話回線により送信するダイヤラー、センサーの感知した異常をホームコントローラーに無線送信する送信器、窓などを開けると反応するセンサーなどから構成されている。

2  本件警報機器には、火災発生時にコントロールセンターに通報する火災監視機能、強盗の侵入などの非常時に非常ボタンを押すことによってコントロールセンターに通報する非常通報機能、ガスの濃度が一定以上になるとコントロールセンターに通報するガス漏れ異常監視機能、空き巣などの際に反応する不法侵入者監視機能の四種の機能がある。

3  不法侵入者監視機能においては、ホームコントローラーのボタンと鍵の操作により設定される四種類のモードごとに異なった対応がされる。すなわち、在宅モードでは侵入異常の警報音は発せず、異常情報のコントロールセンターへの送信もされない。これに対し、外出モードでは、窓が開くなどした場合にセンサーがこれを感知し、送信器を通じて侵入異常情報がホームコントローラーに無線送信され、ホームコントローラーが警報音を発するが、異常情報のコントロールセンターへの送信はされない。夜間モードでは、外出モードと同様に警報音を発するとともに、三〇秒後にダイヤラーにあらかじめ登録されている被告セコムのコントロールセンターの電話番号に自動的に電話が架かり、被告NTTの電話回線を通じて異常情報が送信される。さらに、外泊モードでは、侵入異常情報がホームコントローラーに受信されると直ちにコントロールセンターに送信される。そして、在宅モードから外出モード又は外泊モードに切り替える場合、又はその逆の場合には、ホームコントローラーのお出かけスイッチに所定の鍵を差し込み右に回す必要がある。その際、在宅モードから外出モードへの切替えでは「いってらっしゃい」との、在宅モードから外泊モードへの切替えでは「留守はまかせてください」との、外出モード又は外泊モードから在宅モードへの切替えでは「おかえりなさい」とのメッセージがホームコントローラーから発せられる。なお、外泊モードでは特別料金が加算される。

4  原告は、本件警備保障契約上、毎月一回各センサー及び送信器が正常に作動しているかをホームコントローラーの試験モードにより点検すべき義務がある。この点検においては、試験モードの選択ボタンを押すと、まず火災ランプが点灯し、続いて全ランプが点灯し、コントロールセンターで信号が受信されると、ランプが消えて試験ランプが点滅を始め、その後、窓の開閉などを行い、センサー及び送信器が正常に作動していればブザーが鳴ることにより、本件警報機器のセンサー、送信器、回線等が正常であることが確認される。

5  各送信器には単四乾電池四本が必要とされている。電池の電圧が低下すると、ホームコントローラーの電池異常表示ランプが点灯し、送信器が三〇秒に一度ピッピッと鳴る。また、火災監視機能のための煙感知器にはリチウム電池一本が必要とされている。本件警備保障契約上、送信器の電池については、電池異常表示ランプが点灯した場合、七二時間以内に原告の責任と費用負担ですべての送信器の電池を交換することとされており、また、煙感知器については、被告セコムが実費を受領して送付したものを原告が交換することとされている。

三  本件の事実経過

前記争いのない事実及び証拠(甲一の10ないし12、二、五、九、乙三、七の1、2、八、九、丙二、証人小西勉、細山純一、原嶋守、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告と被告セコムは、昭和五六年一二月一六日、本件警備保障契約を締結し、同月二九日から右契約に基づくサービスの提供が開始された。その際、被告セコムは、原告に対し、「マイアラームのしおり」(乙三)及び「マイアラームホームコントローラー取扱説明書」(乙七の1、2)を交付し、取扱方法を説明した。

2  原告は、昭和五八年一月二七日、昭和六一年七月一一日及び昭和六三年八月二日の三回にわたり、電池異常表示ランプの点灯を認め、また、本件警報機器に異常を感じたため、被告セコムに対し、右ランプ点灯の事実及び機器の点検を求めたところ、被告セコムの従業員が本件医院三階を訪れ、一回目は増設受信器を一つ増やす変更工事を行い、二回目は煙感知器用リチウム電池を交換し、三回目は工事内容は明らかではないが被告セコムの側の原因により何らかの保守工事が行われた。

3  原告は、昭和六三年一二月、被告NTTに依頼して、本件医院三階のビジネスホンの取替えをした。その後、原告は、本件盗難まで何ら異常なく電話を使っていた。

4  原告は、平成元年ころから、本件警報機器の電池異常表示ランプが点灯した際、どの電池が切れているかが分かりにくくなったように感じていた。そして、本件警備保障契約の当初は試験モードによる点検をしばしばやっていたが、このころから全く行わなくなった。また、原告は、平成二年一一月ころ、モード設定をしても「いってらっしゃい」などの音声が出ず、故障しているように認識したが、原告から被告セコムに点検補修を依頼したことはなかった。

5  被告セコムの従業員である小西勉(以下「小西」という。)らは、平成二年一一月ころ、平成三年一月一日から予定されていた被告NTTの東京都内の電話番号の局番が四桁化されるのに対応して、ダイヤラーに記憶されている被告セコムのコントロールセンターの電話番号を新しいものに修正する作業を進めており、同月一四日、本件警報機器について、右作業を行った。その際、新たな電話番号を記憶させた後、試験モードにして実際にコントロールセンターへ送信し、電話でコントロールセンターに着信したことを確認する方法を採っていたが、本件警報機器に関しても着信が確認された。原告側は本件医院の女性事務員が応対したが、同女が電池異常表示ランプが点灯していることについて質問したため、小西らは、サービスで電池を交換しようとしたところ、手持ちの電池の個数が足らず、また近くに来たときに交換することにして、退出した。

6  小西らは、平成二年一一月二二日、本件医院の一、二階に設置されている同種の機器について四桁化作業を行うため、本件医院を訪問した。その際、原告から、三階の電池を交換してほしい旨依頼を受け、不足していた電池を交換したところ、電池異常表示ランプは消えた。また、原告は、小西らに対し、モード設定がうまくいかない旨述べたが、設定の際に音声が出ないなどの具体的な異常箇所を話さなかったこともあって、小西らは、原告の右申出について、モード設定のやり方が分からないとの趣旨に理解し、モード設定の方法を説明しようとして、鍵の所在を確認した。ところが、原告は鍵が紛失している旨述べ、鍵の注文を行ったため、結局、故障の有無については解明されなかった。

翌日、原告は、鍵を発見したため、被告セコムに電話して鍵の注文を取り消した。その際も、原告は、具体的な形では、モード設定の不良について述べなかった。

その後、本件盗難に至るまで、原告から被告セコムに対し、本件警報機器の異常を通知することはなかった。

7  原告は、平成二年一二月一六日午後二時ころ、本件医院三階から外出したが、その際、本件警報機器が故障しているとの認識を有していたこともあり、在宅モードから他のモードに切り換えることはしなかった。ところが、午後五時に帰宅すると、本件医院三階の南側の窓ガラスが割られ、そこから侵入されて本件盗難に遭ったことに気づいた。その後、警察の実況見分が行われ、原告は、立会人として、本件警報機器につき、「センサーは故障しているので使用していなかった」などと指示説明した。

そのころ、原告は、盗難事件の発生を被告セコムに通報したため、従業員の細山純一(以下「細山」という。)らが、本件医院に急行した。細山らは、警察の実況見分終了後、原告ないしその妻から、本件警報機器の点検依頼を受け、試験モードにより各センサー及び送信器を点検したところ、本件医院南側の送信器が異常信号を発信していないことが分かったため、送信器を交換した。次いで、コントロールセンターに異常信号が送信されるか確認したところ、受信されていないことが明らかになった。そこで、ダイヤラーの中に引き込まれた電話線の電圧を確認すると、通電していないことが分かり、電話線を壁の中から手繰り寄せると断線していることが認められた。

8  原告は、その後も被告セコムとの契約関係を継続し、本件医院三階については最近に至り解約したものの、一、二階及び別の所在地にある自宅については、現在も契約を維持している。

四  被告セコムの責任について

1 原告は、被告セコムが、本件警備保障契約上、本件警報機器が正常に機能するよう維持管理すべき義務を負うのに、本件警報機器の点検補修をしていなかったため、警報機器の異常及び警報機器と電話回線との切断を発見できなかったとして、被告セコムの契約上の義務違反を主張する。

しかしながら、証拠(乙一)によれば、本件警備保障契約では、本件警報機器の正常作動は原告の責任で保持されるものとし、原告はその作動状態の確認を毎日行い、一か月に一回定期的に説明書に従った点検を行うべきこと、原告が故障又は異常を知ったときは直ちに被告セコムに通知し点検を要請するものとし、被告セコムは原告より通知を受けたときは速やかに点検を行い、必要に応じて修理又は交換を行い、これに要する費用は、その原因が被告セコムの責めに帰すことができないときは、すべて原告の負担とする旨定めていることが認められる。右事実からすれば、本件警備保障契約上、被告セコムが、原告からの通知がないのに、一般的に本件警報機器の点検補修を行うべき義務を負担していたものとはいえない。

この点について、原告は、警報機器の専門的知識に乏しい利用者が警報機器の正常作動の確認をすることが困難であることを前提として、右規定が機械設備等としての機能の維持管理まで原告の責任とする趣旨ではない旨主張する。しかしながら、本件警報機器には試験モードによる点検機能が付されており、利用者はこれによる点検を毎月一回行うことが義務づけられていることは前示のとおりであり、この点検を行えば、送信器の異常も電話回線との断線も発見できたことは、前示の本件機器の構造と機能に照らし明らかであるから、原告の右主張は採用することができない。

2 次に、原告は、本件盗難当時、本件警報機器の四種類のモードの設定ができない状態にあったところ、度々、被告セコムに点検補修の依頼をしたにもかかわらず、被告セコムは十分な点検補修を行わなかったとして、被告セコムの契約上の義務違反を主張するので、検討する。

被告セコムは、原告の点検要請があった場合に、速やかに点検を行い、必要に応じて修理、交換を行う契約上の義務を負っていることは前示のとおりであるが、原告は、被告セコムに対し、右のとおりモード設定ができないことから、点検を依頼した旨主張する。ところが、証拠(甲二、証人小西勉、細山純一)によれば、被告セコムが担当従業員からの報告書をもとに事件当時作成した事実経過表には、モード設定の切替えを行うホームコントローラーを交換した旨の記載はなく、それにもかかわらず、本件機器が正常に復旧したことが窺われる。また、実際には、本件警報機器は、本件盗難直後において、窃盗犯人が侵入した南側の窓に設置された送信器が異常信号を発信していない状態であり、ダイヤラーからコントロールセンターへの電話回線の接続が切断されていた点において異常がみられたことは前示のとおりであるところ、証拠(乙八、証人小西勉)によると、これらの異常が存在してもモード設定には影響がないことが認められるから、右の各事実に照らせば、原告の主張するモード設定の異常それ自体が存在したとは認めることができない。しかしながら、仮に原告の認識するモード設定の異常と点検依頼の趣旨が被告セコムに完全に伝わっており、被告セコムにおいてその点検が実施されていたとするならば、原告は本件盗難当時外出モードなどに設定をしてから外出した可能性が高く、また、本件警報機器に実際に存在した右異常箇所は、本件警報機器の試験モードによる点検でも認識可能なものであって、被告セコムは当然これを発見し補修していたものと認められ、そうとすれば本件盗難を回避できた可能性が高いということができる。したがって、原告が、被告セコムに対し、モード設定ができないことを理由に点検補修を依頼していたにもかかわらず、被告セコムがこれを怠ったとするならば、被告セコムの点検補修義務違反と本件盗難による損害との間には因果関係が存在することとなる。

そこで、被告セコムに本件警備保障契約上の右のような点検補修義務違反があったか否かについて検討するに、原告は、本件盗難の約一か月前に、小西らが四桁化作業のため本件医院を訪問した際、本件警報機器の異常を認識しており、小西らにモード設定がうまくいかない旨述べたが、具体的な異常箇所を話さなかったこともあって、小西らにはモード設定それ自体に異常がある趣旨は伝わらなかったことは前示のとおりである。ところで、顧客に対して継続的に防犯等の役務の提供及び警報機器の貸与を行う立場にある被告セコムとしては、顧客に対する対応の在り方として、原告の申出の趣旨を最大限に汲み取って必要な処置を講ずることが望ましいところ、原告の申出をモード設定のやり方が分からないとの趣旨に理解し、何ら点検等の措置を講じなかったのであるから、本件警備保障契約が当時既に約九年間継続しており、その間、何らかの工事等も行われたなどの前示事実関係からすれば、顧客サービスの在り方としては十全でなかった憾みがあるといわざるを得ない。しかしながら、原告が小西らに対しモード設定がうまくいかない旨述べた際、モード設定をしようとしても音声が出ないなどの具体的な異常箇所を話していないこと、小西らが、その訪問時に、本件警報機器の電池異常表示ランプが点灯しており、モード切替えに必要な鍵が紛失していたなどの事情を認識していたことにかんがみれば、原告が本件警報機器をあまり利用していないと受け取り、そのような原告がモード設定のやり方という極めて初歩的な質問をしてきたと理解し、その理解に従った対応しかとらなかったとしても、やむを得ないところというべきであり、このことをもって、被告セコムに前記顧客サービス上の当否を超えて契約上の点検補修義務違反があったとまでは認めることができない。

なお、原告本人尋問の結果中には、原告は、鍵が見つかった際にその鍵でモード設定を試みたところ、うまくいかなかったため、被告セコムに電話で鍵の注文を取り消した際にも、再度点検の依頼をした旨述べる部分がある。しかし、証拠(甲二)によれば、前記事実経過表には、本件警報機器に故障箇所があったことなどそれなりに客観的な記述がされているにもかかわらず、鍵の注文の取消が記載されている欄に原告の主張する旨の記載はないことが認められ、右事実からすれば、原告の点検依頼は、少なくとも被告セコムが前記異常を認識し得るような形ではされなかったことが窺われる。

3 以上によれば、被告セコムに本件警備保障契約上の義務違反はない。

五  被告NTTの責任について

1  原告は、被告NTTは、本件電話工事に際し、本件警報機器と電話回線との接続を切断し、その結果、原告と被告セコムとの本件警備保障契約に基づく本件医院から被告セコムへの異常情報の送信を不能にした旨主張する。

しかしながら、証拠(証人原嶋守)によれば、ダイヤラーと電話回線との接続が切断されていれば、構造上電話が使用できなくなることが認められるから、本件盗難の時点までは電話が正常に使用できたことが明らかな本件事実関係の下においては、その二年前の本件電話工事により、本件機器と電話回線との接続が切断されたものとは断定することができない。加えて、本件盗難当時、本件警報機器が在宅モードに設定されていたことは前示のとおりであって、仮に本件警報機器と電話回線とが接続されていたとしても、本件盗難は回避できなかったことは明らかであるし、本件警報機器と電話回線との接続が切断されていても、モード設定自体には影響がないことは前示のとおりであるから、原告の主張する被告NTTの過失行為と本件盗難による損害との間には因果関係がない。

2  以上によれば、被告NTTの不法行為責任を認めることはできない。

六  結論

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官生島弘康 裁判官岡崎克彦)

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